勝負服

「明日、勝負服、着てくるんだよ。始めての打ち合わせだから」と、友だちは言う。ラジオで動物の番組を作る、パーソナリティの依頼を受け、放送局に行くのだ。
「勝負服ねェ・・・」私が躊躇してモゴモゴしていると「ホラ、清楚なスーツに少し派手なスカーフとか、キャリアウーマンぽいワンピースにワンポイントで大きめのブローチとかサ」。この手の注文は苦手である。中学の同級生なんて。「パーソナリティーをやることになったよ」と話したとたんに「それでオーチャン(ニックネーム)は。何着てくつもり?!」と言ったほど。
こんな私にも実は勝負服がある。動物病院に雑誌のインタビューなどで、出版社が来るときに着る服だ。数ある白衣の中でもややスマートにみえる、えり首と正面に細い淡いブルーのラインが入っているとっておきの白衣だ。それにグレーの聴診器を何気なくぶら下げると、ピシッと決まる。いつ何時、急な取材が来てもいいように一回使ったらすぐにクリーニングに出してあるものだ。
まさかコレに着替えるわけにもいかないしなぁ・・・と一人で考えていると「ネェ僕の話、聞いてる?明日の服装だよ!わかってる?!初対面の第一印象が大事なんだからネ。それで仕事っていうのは、はずみがついてスムーズに運ぶんだよ。動物飼う人がふえて世の中元気になるんだよ」と私の現実をよく知っている動物好きの友達は一人でヤキモキしている。
白衣以外の勝負服も用意しておかなくっちゃと思った夜だった。ふと横をみると「白衣だったら何枚でも買ってあげるよ」という夫がいる。動物たちのことで頭がいっぱいいっぱいで、私の勝負服なんぞちっとも心配せずにカルテ整理をしていた。
あなたの勝負服は、どんな服?狙いのポイントは何?


オスの涙

何気なく新聞を広げるとみると、「オスの涙にフェロモン」という記事が目にとまった。
涙の出る時は、うれしい・悲しい・おかしいなど、いろいろである。それはそうと武器ともなるし、かなりの防御効果もある。
私は、人生を凝縮した滴を見るようで、男の涙が好きだ。といっても男を泣かせたりはあまりしていないつもりだけど。
「ここでしか思い出話もできないし、涙も見せられないから」と最愛の恋人だった猫とのなれそめと二人の生活を語る人もいる。強くたくましそうな企業戦士の疲れた心をいやしてくれていたのは、この子だったんだ、と思うこともしばしばである。「おやじの時より寂しい」と目をこすりながら打ち明けてくれる男性もいた。

フェロモンといえば、ゴキブリ取りのシートに付いている。また猫のあごや足のうらにもあって、自分をアピールしたり、相手を自分の物とするのに役立っている物質である。猫同士を仲良くさせたい時に使う、フェリフレンドという薬もあるくらい。
オスの涙にフェロモン一旬のテーマでわかる気がしたが、見出しの下に小さく、「ただしマウス」とあった。そのうち研究が進むと男たちの涙にも?!となるのではないかと思ってしまう私である。

糖尿病の不思議

このごろ増えているペットの病気の1つに糖尿病がある。食欲モリモリ、まるまる太っていたのが、少しずつやせてきて、水の飲み方が多くなり、ある日食欲がなくなる。重症の場合は、嘔吐やけいれんが起きる。
血液検査をすると、血糖値がふつうは100前後なのが300とか400以上にもなり、尿検査をすると出ないはずの糖が出ている。
私たちの病院では、「糖尿病の動物の飼い主さんも糖尿病」というパターンがあり、それは実に90%を占める。
もちろん食べている物も違うし、遺伝なんて考えられない、不思議でしょう。生活習慣かな・・・。そんなわけで、危なっかしい?!と思われた方は、人と動物とセットで血糖値を調べてネ。
そしてもし糖尿病だったなら、そっと教えてください。ここだけの話ですけれど、統計とってデータ出したら・・・きっと学会報告もんだと思うから。


宝物


ある昼下がり、「宝物」と書かれた封書が届いた。「この手紙は貴重品。私は感動いたしました。親が子に見せない素晴らしいしたためかたの見本です。とっておくといいよ」
まちがいなく見覚えのある78歳の父の字で「拝啓 朝顔が時を告げ、美しい姿を見る頃となりました」で始まっている。次に自分自身のプレゼントのお礼が述べられている。そして三行ごとにきちんと思い出とこれからのことが書いてあり、草々・日付・氏名が美しいレイアウトとなって並んでいる。
父は柔和で寡黙な人で、私が獣医師になると言ったとき周囲の反対をよそに黙認し、影でその関係の本をそっと机の上に置き応援してくれた。そういえば、最近の父の字は見ていなかったが、几帳面で誤字、脱字もなく、年とっても大丈夫だ!と内心うれしくなった。中学時代の国語の教科書に出ていた”手紙の書き方”の良い見本のような手紙だった。
「ついたよ、父の手紙」と、私が送ってくれた友に電話すると、「親の手紙って、表の顔のものはなかなか見れないよ。なくしちゃだめだよ。ホンモノの宝物なんだから。行間にさ、人生がにじみ出てるよ。なっ」
父の手紙を私の子どもにも見せたら「おじいちゃんの字ってお習字みたいだね。すごいね」と感激していた。1通の手紙に、教育ってこういうものなのかもとうれしくなったひとときだ
った。


人生はパラドックス・パラダイス


「動物病院はいいよね。人とちがって動物だから気楽でしょ」と、言われることがある。「そんなことないよ。人は話せるけれど、動物は口をきかないから余計気になっちゃうから、家族が病気したときより心配っていう人の方が多いよ。」
「自営業でいいよなー。リストラもないしサ」と、うらやましがられることもある。「そんなことないよ。1回来院してみてやだなって思うことがあったらもう来てもらえないから。1回1回が勝負。試用期間なんてないからはじめの10分で心を伝えないといけないもの」
「イラストや文章やセミナーもできるからいいじゃん」と羨望のまなざしで言われることもある。これだって、資料集めの下調べや準備もあって、しめきりギリギリに夜描いたり、休日を返上して書いたりしているわけで、楽しそうで厳しく辛い日もある。
私はときどき思う。もしかすると世の中は誰でもどこでもパラドックス。逆説も真なりで生きているのでは?って。でもそこに、人生のうま味や深みが隠れてて、みつけたときの喜びがあってちょっとやそっとでやめられないのではって。そんなわけで動物と過ごせる日々はパラダイス♪


串もの禁止令

私たちの動物病院には、ときどき‘串食い犬’が来る。なかには2回も味わったというのがいる。名前はアルフ君。ラブラドールの6歳である。
4歳のときに、やきとりを串ごと食べた。このときはすぐに飛んで来ることができたので、内視鏡で探し出し、無事終了。胃を切開しないですんだ。彼のために、家族はしばらく串ものを食べずにいた。

2年たったある日、家族が草だんごを食べた夜だった。2串残ったのでアルフ にわからないように箱ごと食器棚にしまった。と、夜中にダイニングで音がするので行ってみると、だんごは1本もなく犬小屋に箱があった。

翌朝一番に「またやったみたい」と病院に来たが、今回は内視鏡でみても胃の中はからっぽ。そのまま開腹手術に入った。2本の串は別々の所に流れはじめていた。腸の上からたぐりよせて1ヶ所にまとめ、そこから2本とも摘出した。

その日を境に、アルフの家では、断固たる注意のもとに「串もの禁止令」が布かれた。買うことはもちろん、頂きものもダメ。私たちもそれでよかったと思っている。同じ犬で3回は・・・ネ!



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